作劇塾塾長 中山市朗
プロフィール
大学を卒業後、何とかこの世界に入りたくて、企画書やシナリオを持って何十社というプロダクションや制作会社、出版社をまわりました。これが今の私を作ったのです。
三十歳で作家デビューし、地獄の二十代から何とか抜け出した頃には、同じ志を持っていた仲間たちの大半は、夢を諦めていました。
そんな折り、専門学校から講師を依頼され、漫画家や小説家、映像、マスコミ、デジタル、マルチタレントなどの多様なコースを受け持ち、多くの夢を持った若者たちと接する事になったのです。
しかし、作品そのもののテクニックばかりが先行し、課題を仕上げるだけでは私の二の舞になってしまいます。私は希望さえすれば、学生たちを率いて、作家の集いや出版社の催しなどに参加させ、プロの空気を目の当たりにさせました。
しかし、こういった事を大型の専門学校でやってしまうと、管理が行き届かなくなり、何かトラブルが起こった時、責任の所在が学校側に行ってしまうことになります。そういった背景から、あまり大きくは動けず、もどかしい思いをしていました。
ならば、と思い立ち、私は実践を念頭に置いた私塾を立ち上げようと思ったのです。
漫画や小説は、一人でコツコツと書き続ける事が大事です。そうやってデビューできる人もいます。しかし、私のような凡人は、実践の場や人脈や、アドバイザーが必要でした。作品を作るのは、確かに一人です。しかし、それを展開させるのに大勢の人間が関わります。人脈というものの実態は、若い頃にはわからないかもしれません。
だから、そういう事を教えたい。
駆け出しの頃の私が欲しかったもの、必要だったもの。それを今の若者に与えたいのです。
私財を投げ売ってまでやる意味…。それは塾生の皆さんがきっと証明してくれる事でしょう。
作劇塾を立ち上げた理由は、まさにこの一点なのです。
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