中山市朗が塾長を努める漫画家、作家の養成講座。

漫画家、作家の養成講座

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怪談専門誌『幽』内で連載中のコーナー「やじきた怪談旅日記」の取材に塾長の中山市朗とタレントの北野誠氏と共に塾生の高田君が同行しました。その模様を取材レポートとして皆様にお送りします。こういったプロが集まる現場での実践ができるのも作劇塾ならではです。


その@ 『チャンス到来』

よく晴れた四月下旬、日本初の怪談専門誌である『幽』の取材に同行させていただいた。本編に入る前にここに至るまでの経緯をまず説明しておこう。僕は現在、作家を目指して中山市朗・作劇塾で修行中の身である。
ある日の授業から現場実戦のチャンスを与えられた。塾長が連載を持つ『幽』の取材で、塾長の母校である大学に赴く。そこに参加枠があるので、塾生が同行させてもらえるのだ。

専門学校卒の僕としては、大学のキャンパスに興味があったし、何よりあの北野誠さんも取材に同行される。何を隠そう僕は大のお笑い好きである。これに飛びつかない手はない。チャンス到来! と意気込んだものの、塾長からある条件が突きつけられた。それは塾のホームページ用のレポート企画を提出して採用される事。

「誰か希望者はおるか?」
と言う塾長の問いにすぐさま反応し手を挙げる。「フフフ、一番乗りだぜ」と喜んだのも束の間、周囲を見回すと他の塾生も負けじと挙手している。うーむ……やはり、考える事はみんな同じ。しかし塾生枠は一つしかない。いかにして彼らよりも興味を引く企画書を出すか。授業を終えた僕は自転車に揺られながら、ひたすら企画を考えていた。だが頭を捻っても良案が出ない。家に着きパソコンの前に座るが、書いては消しての繰り返し。時間は刻一刻と迫ってくる。だが、まとまらない。

提出日の前夜、出ない出ないと便秘に苦しむOLのように僕が一人呻いていると、あるフレーズが思い浮かんだ。
“笑いと恐怖のベクトルはよく似ている”
怪談取材なので恐怖体験はするであろう。しかし裏を返せば緊迫している状況というのは得てして笑いが起こりやすい。しかも塾長と北野誠のコンビである。逆に言えば笑いを起こすなという方が無理な話である。

こうして僕が企画書に書いたテーマは『笑い』『恐怖』そして塾長の母校と訪ねるということで『郷愁』である。
企画書を提出してから二日後、僕の携帯が鳴った。塾長からである。緊張しながら出ると
「今度の取材はお前に同行してもらうから」
と告げられた。
「ありがとうございます」
と言いながら思わずガッツポーズ! と言うのがここまでの流れ。

僕の現場での役目は記録係。車の中であろうとどこであろうと、ひたすらデジカメで取材の模様を撮影し続けるのが任務である。

はたしてテーマ通りのレポートになっているかどうかは、この先を読んで確かめていただきたい。



そのA 『いざ塾長の母校へ』
待ち合わせ場所のホテルのロビーでカメラマンのSさん、中山塾長の担当編集者であるRさんとご挨拶。塾長曰く、二人とも全く霊感がないそうだ。実は僕も全然、霊感がない。『おいおい、このメンツで大丈夫なんかいな』とひとり心の中で呟くいていると、足取り軽く北野誠さんが登場。今回の参加メンバーで唯一の霊感の持ち主。この企画、もしかすると誠さんなしでは成立しないのかもしれない。

『うわっ北野誠や!!!』僕は完全にミーハーの一人と化していた。
誠さんがこちらへ来て椅子に腰を下ろす。テレビで見るよりもスマートだ。
ちょうど前日もナイトスクープに出ている誠さんをテレビで拝見したばかりだった。緊張するなと言う方が無理である。
ホテルを出た我々はRさんの運転する車で塾長の母校の大学へ向かった。

車内は和やかな雰囲気で誠さんや塾長の口から次々と冗談が飛び交う。塾長の大学生時代の貧乏話が印象的だった。この手の話をする時の塾長はいつも楽しそうである。

大学が近づいてくるにつれて自然が増えてきた。よく塾長からあの大学の周りには何もない。田んぼや山の中にポツンと大学があると聞いていたが、まさにその通りであった。普段、緑の少ない大阪市内で生活している僕はかなり癒された。
ふと自分の前の席に座る塾長の顔を見ると、仕事モードと言うのだろうか。きりっと引き締まっている。いつもは酒を飲みながら「納豆を食う奴の気がしれない、あれは腐った豆や!」と納豆好きの塾生に因縁をつけたり、「男女の友情なんて存在しない!」と友情肯定派の女の子を論破したり、「今年も巨人が弱いなあ……」とため息をついている人とは到底思えない。

車が大学に着き外に出ると一瞬、誠さんの姿を見失ってしまった。どこにいるんだろうと辺りを見回す。少し離れた所ですでに聞き込み取材を始めていた。これがプロのフットワークなのかと感心する。いざ大学内に侵入。まず感じたのは広いという事。歩けども歩けども敷地が広がっている。そして雰囲気が良い。学生がみんな楽しそうなのだ。あちらこちらで笑顔がこぼれている。ここで四年間を過ごせるというのを素直に羨ましい。塾長の「俺ももういっぺん大学に通いたくなったわ」という言葉に共感を覚えた。

たくさんの学生から声をかけられていた誠さん。しかし誰一人断ることなく気さくに応えていた。日ごろから塾長が口にしていた“一流の人間はみんな腰が低い”というのを実感した瞬間であった。

大学近辺にある学生寮ではかなりいろいろなことがあったが、そちらは六月発売である『幽』の9月号の塾長の“やじきた怪談旅日記”をお読みいただくとして、さてこの後、時間に余裕があるという事で我々はこの後、西宮にある心霊スポットへ向かったのだ。その名も『お○こ岩』。念のため説明しておくと、お○ことは関西で女性器を指す。うーん、どんな岩なのだろう? 何とも想像を掻きたてる名前ではないか。そのけったいな岩については続きをごらんいただこう。


そのB『お○こ岩到着』
これから書くことは恐らく『幽』には載らない番外編である。

実は大学取材の後、大阪に帰るついでに我々は西宮に向かった。行き先は『お○こ岩』という心霊スポット。女性の性器を連想させるような妙な岩があるのだ。

目的地に近づくにつれて、道が蛇のようにうねり始めた。車内でもカメラは回しっぱなし。ファインダーをずっと覗いていたせいで酔ってしまった。このままでは車のシートを汚してしまうと思った矢先、ようやく目的地に到着しほっとする。
やっとお○こを……もとい、お○こ岩をこの目で見られる。しかしそれは一体どんな岩なんだ? お○こ岩と言うぐらいだから、やらしい形をしているのか? 岩に苔でも生えていて毛のように見えるのか? など彼女のいない僕は次々と妄想を膨らませていった。

車から降りると噂の岩が視界に入った。岩の向こうには住宅街が見える。

岩は道の真ん中に“デーン”と置かれていた。どうしてこんな場所に? という疑問を抱えながら岩に近づく。 横幅は5,6メートル、高さは2メートル強といったところである。

それにしても、なんでそんな名前がつけられたんだ? 悪いがどっからどう見ても、女陰には見えないじゃないか! なぜか僕が一人腹を立てていると……。
「おーい、こっちやこっち」

岩の向こうから塾長たちの声が聞こえた。僕が見ていたのは裏側。尻の方であった。どんくさいミスでに頭を掻きつつ、表に回ってみる。二つの岩が組み合わさっており、その真ん中に裂け目のようなものがあった。なるほど、そういう事か!
少し離れて見てみると“それ”に見えなくもない。しかしどちらかと言うと岩よりも、この関西人ならではのネーミングをつけた人の方が素晴らしいと思う。普通の神経ではこの名前をつけられない。その中学一年生のような感性を素直に称えたい。

塾長の解説によると、岩をどかせようとする度に関係者が亡くなるなど不幸が続くため移動させられないとの事だった。そうだったのか! ようやく配置の謎が解けてすっきりしていると、今度は塾長の隣で岩を見上げていた誠さんが話し始める。なんでもふざけてこの岩に登った男性が、その直後足に大怪我を負ったらしい。途端に怖くなってきた。

お○こ岩と言う名を聞いた時点で、岩を触ろうと決めていた。だが急遽、眺めるだけにしておく事にした。昔は近くに住宅街など無かったらしく以前と比べると随分と印象が変わっていたようだ。お○こ岩来訪と言う大願を成就した我々は、帰路につくべく再び車に乗り込んだ。車中で「開発が進んで、どんどん魔がなくなっていくなあ」と語っていた誠さんはどこか寂しげだった。塾長も同じ心境らしい。「神さんや妖怪からしたら、お前らここまで来るかって言う感じやろうな」と切なそうに窓の外を見ていた。

車が大阪に入った頃である。誠さんの口から思いがけない一言が。
「ちょっと飲みたいなあ。この後、一杯行こか?」
『えっ北野誠と一緒に酒が飲める!』思わぬ展開に僕のテンションは一気に上がった。

まさかこの後、居酒屋であんな話が聞けることになるとは……


そのC 『誠さんと居酒屋へ』
我々は誠さんの案内でサイキック青年団の終わりによく来ると言う居酒屋へ向かった。
“自分の斜め前にあの北野誠が座ってお酒を飲んでいる”

ガチガチに緊張していると、誠さんが料理の皿を僕の方に持ってきてくれた。
「遠慮せんと、食べや」
こんな下っ端にまで気を配ってくれるなんて……。少しうるっときた。
アルコールが体に染み渡りもようやく少しリラックスしてきた頃である。
誠さんが最近、耳にした沖縄のホテルに出る幽霊の話をし始めた。
サイキックのスタッフの人から直接聞いた話だという。
プロの語りに思わず背筋を寒くなる。
「ごめん、もっぺん最初から頼むわ」
ほろ良い加減だったはずの塾長が、いつの間にかテープレコーダーを取り出し構えていた。素早かった。こういう地道な努力の積み重ねの結果が『新耳袋』や『なまなりさん』と言う書籍に繋がっているのだろう。

ここでは詳しく記せないが、心霊スポットでロケをして祟られてしまったお笑い芸人の話など、色々と興味深い事も聞かせてもらった。

「そろそろ行こか」
と立ち上がる誠さん。
時計を見ると日が変わっていた。あまりに濃密な時間だったので、僕にとってはあっと言う間だった。
ホテルへ向かう車中、助手席の誠さんが運転中のRさんに尋ねた。

「Rさん、今日どこ泊まるんやったっけ?」
「Tホテルですよ」とRさん。
「Tホテル?」と目を見開く誠さん。
なぜか微笑んでいる塾長。
しばしの沈黙が流れる。
再び誠さんが口を開く。
「四階じゃないよなあ」
「あれっ? どうしてご存知なんですか?」と不思議そうなRさん。
「えっ四階なんや」
Rさんの背後に座る塾長がボソリと言った。
途端に不安そうな顔になるRさん。
「ちょっとなんなんですか? 四階に何かあるんですか?」
今から考えると、この時のRさんにはまだ若干の余裕があった。
誠さんが首を曲げたので何だろう? と注視する。
斜め後ろの塾長となぜか目配せをしていた。


そのD 『やじきたサディスト旅日記』
「実はあそこの四階って、泊まったら必ず幽霊の出る部屋って言うのがあるんや」
と隣に座るRさんに返答する誠さん。

ここからが凄かった。塾長と誠さんが速射砲のようにどんどん言葉を繰り出しRさんを恐怖の淵へと追いやっていくのだ。Tホテルがいかに怖いかと言う数多くの話が、矢継ぎ早にどんどん出るわ出るわ! 最初は相槌を打っていたRさんだったが、徐々に言葉を発しなくなっていった。

それでも、やじきたコンビの暴走は止まらない。むしろ時間とともにヒートアップしていく。
そこには二匹のサディストがいた。
塾長を敵に回すのだけはやめておこう。車中のやり取りを聞きながら僕は密かに誓った。

しかしである。例え出任せだとしてもこれだけエピソードが出るのは純粋に凄い。金を取れる技術というのは、こういうものなのだろう。今回それが悪用されてしまったのは残念であるが。
さて僕が呆れながらも唸っていると……
「もうやめて下さいよ!」
普段は温厚なRさんが大声を上げた。ミラー越しに顔を確認すると、すっかり青ざめている。額にうっすらと浮かぶ汗を拭うRさん。

さらに追い討ちをかける塾長。
「なんかあったら後で報告してや」
塾長を無視して運転を続けるRさん。

僕はこのとき人をからかうのが好きな塾長が、またかついでいるんだ、ぐらいにしか思っていなかった。
とか何とか言っている間にホテルへ到着。結局Rさんは居酒屋からホテルに着くまでの間、間断なくTホテルにまつわる恐怖話を聞かされていた事になる。ああ、なんてかわいそうなRさん。悪い事はなんにもしてないのに……。
誠さん、Rさん、Sさんと別れた後、塾長の家に向かって歩く途中ある疑問をぶつけた。

「さっきのホテルの話って嘘なんでしょ? 二人でRさんをからかってたんでしょ?」
なんでそんな質問するんやという顔でじっと僕を見据える塾長。
「いや、あれはほんまやで。『新耳袋』にも書いた話やしな」
マジだったのだ……。

「R君がなんぞええネタ提供してくれると助かるんやけど」
にやりと笑いながらそう言うと、塾長は闇の中へスタスタと消えていった。
怪談雑誌の編集者も大変である。

Rさんのご無事を祈りたい……とかなんとか言いつつも、何か起こったら面白いなと思っている自分がいるのもまた事実。こういうところは塾長譲りなのかもしれない(了)


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